『ある家との別れ』 その2

新しい未来への旅立ち

相続の手続きが整い、測量も完了し、ようやく売却へ向けた準備が整いました。

しかし、ここからが本当の勝負でした。

「できるだけ高く」――

それは、単なる金額の問題ではありませんでした。

この家に流れた時間、そこに刻まれた思い出、そして何より、この家を手放すご決断をされたお客様の想いに、少しでも応えたい。

私たちは、複数の不動産業者さんに声をかけ、一社一社丁寧に物件をご紹介していきました。

最初の査定額は、決して高いものではありませんでした。

「やはり、この状態だと厳しいですね」

「家が大きい分、解体費用も相当高くなりますからね!!」

それでも、諦めずに。

一社、また一社と――。

そして、ついに。

「この物件、うちで買い取らせていただきたい」

そう名乗り出てくださる業者さんが現れました。

しかも、その価格は当初の想定をはるかに上回るものでした。

さらに驚いたことに、他の業者さんからも次々と手が挙がり、自然と”競合”の形になりました。

最終的に決まった売却価格は、当初よりもかなり高い金額となりました。

お客様にその金額をお伝えした時、電話の向こうから、安堵のため息が聞こえました。

「…本当に、ありがとうございます」

その一言が、胸に染みました。

  それぞれの想いが交わる場所

遠方にお住まいのお姉様、施設にいらっしゃるお母様の後見人の方、そして息子様――。

それぞれに事情があり、それぞれに想いがありました。

けれど、最後には皆様が「この家を、良い形で次へつなぎたい」という一点で心を一つにしてくださいました。

ご契約の場に立ち会いながら、私は改めてこの家のことを思いました。

  家が見守ってきた時間

建てた当初、この家にはどんな家族の笑い声が響いていたのでしょう。

お父様とお母様、そして息子様、お姉様。

きっと、賑やかな食卓があり、楽しくくつろぐ日々があったのでしょう。

やがて時が流れ、家族構成は変わっていきました。

お父様は他界され、お母様は施設へ。

お姉様は遠方へ越され、息子様もこの家を離れました。

――けれど、家はずっとそこに佇み、すべてを見守ってくれていました。

笑い声が消えても、人の気配がなくなっても、

雨の日も、風の日も、

家は、ただそこにありました。

  
  寂しさが、胸を締めつける

契約が無事に終わり、家の引き渡しが完了しました。

この家は、解体されることになります。

新しい持ち主のもとで、新しい建物が建てられることでしょう。

それは、前に進むということ。

次のステージへとつながること。

頭では分かっています。

けれど――。

最後にもう一度、この家を訪れた時。

私は、なんとも言えない感情に包まれました。

寂しさ。

哀しみ。

そして、温かさ。

ここには、たくさんの思い出が詰まっていました。

お父様の、お母様の、息子様の、お姉様の――。

それぞれの人生が、この家の中で交わり、刻まれていったのです。

私は、仲介業者として関わっただけの
”他人”です。

それなのに、この家がなくなることが、こんなにも寂しい。

もしかしたら、それは――

家が、人を包み込む力を持っているからかもしれません。

家は、ただの”物件”ではありません。

そこには、時間があり、物語があり、人生があります。

心の中で、この家に語りかけました。

「お疲れ様でした!!」
「ありがとうございました!!」

新しい未来へと向かう、この土地

家のこれから、人生のこれから。

私たちは、その”つなぎ目”に立ち会わせていただいています。

それは、寂しくもあり、温かくもある――。

そんな仕事を、これからも大切に続けていきたいと思います。